愛知県は尾張国と三河国に分かれ、それぞ一宮・二宮・三宮があります。
〇〇宮とは、社格を表しその地域の最も格式の高い神社にあたります。
社格制度は今日廃止になっていますが、現在でもその名残りが残っているのが実情です。
尾張の一宮は真清田神社、二宮は大懸神社、三宮は熱田神宮
三河の一宮は砥鹿神社、二宮は知立神社、三宮は猿投神社になります。
今回は、日本三大七夕まつりの地である愛知県一宮市にある真清田神社を歴漫です。
真清田神社
真清田神社
鎮座地:愛知県一宮市真清田1丁目2番1号
ご祭神:天火明命
創 建:33年
尾張国一之宮とされる歴史格式高い神社なります。
「一之宮」、「一宮」とも言い、地域(国)から幣帛を受ける一番社格が高いとされる神社です。
社格については、こちらを参照してください。

幣帛(へいはく)とは
神様へのお供え物のこと
愛知県では
一宮:真清田神社
二宮:大懸神社
三宮:熱田神宮
になります。
真清田神社は、熱田神宮より上の「一宮」に位置する理由として諸説あり
1:国司が赴任して最初に参拝する神社が一宮です。
尾張に置かれた国司の場所は稲沢と言うこともあり、距離が近かった説。
2:真清田神社の創建は33年、熱田神宮の創建は113年と創建年の差説。
3:熱田神宮は、伊勢神宮と同様にそもそも別格扱いの説。
他にも諸説ありますが、「3」の別格扱いを基本としながらも、「一宮:熱田神宮」にすることによる尾張豪族の権力増大をふせぎつつ、「三宮:熱田神宮」にすることによって軽んじている訳でない。
と言う意味も込められているそうです。
創建は33年、今から約2650年前の神武天皇治世33年時です。
初代天皇:神武天皇の略系図です。
ご祭神の天火明命との関係性や
神世七代:イザナギ/イザナミとの関係性を表しています。
系図に関しても諸説あります、悪しからず。
ご祭神:天火明命
真清田神社のご祭神:天火明命(アメノホアカリノミコト)は、天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)と栲幡千千姫命(タクハタチヂヒメノミコト)の子と言われており、邇邇芸命(ニニギノミコト)の兄とされています。
天忍穂耳命は、天照大御神と須佐之男命の誓約(ウケイ)のよって生まれた神様で、誓約とは占いの事です。
今回の誓約は、互いの物を交換し、それによって生まれた神の性別で判断するものです。
天照大御神は、須佐之男命の十拳剣(トツカノツルギ)を噛み砕き、宗像三女神を生み
須佐之男命は、天照大御神の八尺の勾玉を噛み砕き、五男神が生まれました。
栲幡千千姫命は、高御産巣日神の子とされ、天火明命の母とされています。
真清田神社摂社にあたる服織神社のご祭神は、萬幡豊秋津師比売命(ヨロズハタトヨアキツシヒメノミコト)で栲幡千千姫命の古事記での別名です。
高御産巣日神は造化三神の1柱にて、別天津神です。
天地開闢から神世七代の神様を下記にまとめています。
別宮:三明神社
三明神社(さんみょうじんじゃ)、本宮荒魂をご祭神としており、天火明命の荒魂になります。
本殿の裏側に位置し、普段は参拝ができません。
ただ、毎月1日と22日の2日間の3時間(AM6:00~AM9:00)のみ参拝ができます。
本殿と神楽殿の脇から、もしくは本殿と服織神社の脇から本殿横を歩く三明神社までのルートです。
神域にあたるのでしょう、日ごろの参拝境内とは違った雰囲気が味わえる場所に鎮座しています。
真清田神社北側にある大宮公園からも後姿を拝見するこをはできますが、出来れば参拝可能な時間にうかがいたいものですね。
三明神社は、真清田神社の四所別宮のなかで最も重視された第一別宮とされています。

四所別宮とは?
第二別宮:七代宮 服織神社東側に位置する境内三末社の天神社
第三別宮:西神明社(境外末社神明社)一宮市真清田1-1
東神明社(境外末社濱神明社)一宮市桜1-16-9
第四別宮:西天王社(境外末社大神社)一宮市天王3-1
東天王社(境外末社大石社)一宮市桜1-7
神水舎
真清田神社のご神水にまつわる伝説
・平安時代初期、弘法大師が雨乞いを祈願した際、「八頭八尾の大きな龍が現れ雨を降らせた」。
・平安時代後期、72代白河天皇ご病気の際に拝受し、病気が回復された記録が伝わっているご神水。
・初代尾張藩主徳川義直奉納の手水舎は、楼門入り西側に位置し、大戦下の空襲での焼失を免れた建造物。
・明治天皇がご昼餐の際、この井戸水を御膳水として陛下に奉られたとも言われています(実)。
私が参拝した時にも、ご神水をペットボトル一杯に拝受される方も多く見られました。
服薬/健康/幼児育成にご霊験あるお水として信仰があります。
厳島社 八龍神社
真清田神社境内社で厳島社、ご祭神は市寸島比売命(宗像三女神の1柱)
天照大御神と須佐之男命の誓約によって生まれた女神です。
その左に鎮座するのが八龍神社、「もと厳島社内に奉祀されていたが、明治初年神仏分離の際御神体の龍神石が名古屋の日泰寺に流出、近年当社に還り改めて奉祀した。」とされる。
1989年の創建です。
日泰寺とは、名古屋市千種区法王町1-1にある、1904年創建された超宗派の寺院です。
タイから寄贈された真舎利(釈迦の遺骨)を安置するために創建され「日:日本」「泰:タイ」を意味しています。
1904年は日露戦争勃発の明治時代の年です。
戦争前に、この日泰寺に絡む衝撃ニュースが世界を駆け巡っていた時代です。
「釈迦の骨を発見」、当時釈迦は伝説上の人物であり実在しないのが説でした。
そのため世界的な発見であり、その分骨が日泰寺に保管されることになりました。
真清田神社と日泰寺に関しては、弘法大師(空海)と関係している内容もあり詳しいことは、後日「日泰寺の記事」にてまとめます。
最後に
尾張一宮の真清田神社、子供の頃によく訪れていた場所であり、今でも参拝にうかがいます。
神社の正門から本町商店街への通りは、7月終わりに開催される一宮七夕まつりで多くの人がにぎわいを見せた記憶があり(ここ数年行けてませんけど)、日本三大七夕まつりの1つに数えられます。
昔ほどの活気がなくなってきた感じは受けていますが、商店街を盛り上げる皆さんもテレビで拝見することもあります。次回は子供の頃を思い出して遊びに行きたいですね。
名鉄一宮駅からも徒歩圏内で行ける場所ですので、電車の方でも便利に参拝・散策が可能です。
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