前方後円墳のお勉強【 愛知県の三大古墳 】を1日で回る

歴漫

世界三大古墳と言えば、クフ王のピラミッド・秦の始皇帝陵・大仙陵古墳(仁徳天皇陵)

日本三大古墳と言えば、大仙陵古墳(16代仁徳天皇陵)、誉田御廟山古墳(15代応神天皇)上石津ミサンザイ古墳(17代履中天皇)

愛知県にも、断夫山古墳(名古屋市)・青塚古墳(犬山市)・白鳥塚古墳(名古屋市)三大古墳があり、すべて前方後円墳です。

車の移動でこの古墳を、1日ですべて見学することも出来きます。

また、御朱印ならぬ御墳印めぐりが密かにブームになりつつあると聞き、愛知三大古墳でも購入できるそうです。今回は事前に知らなかったので紹介できませんが、次回は忘れずに御墳印いただいてきます。

【 愛知三大古墳の紹介 】

【断夫山古墳】

  •  住所:名古屋市熱田区旗屋1-1014(熱田公園内)
  •  規模:長さ151m 高さ16m 
  •  築造:6世紀前半
  •  史跡:1987年指定
  •  被葬者:宮簀媛命 尾張氏首長
  •  駐車場:東側に51台(普通車49台、身障者用2台)あり
  •  距離間:青塚古墳から約25Km、約60分

東海地区最大の規模を誇り、 宮簀媛命 (みやずひめのみこと)の墳墓と言われています。

断夫山古墳と言う名は、残された宮簀媛命が二度と結婚しないという由来からついたそうです。また南へ約300mに、日本武尊の白鳥山古墳があります。

宮簀媛命は、12代景行天皇の時代、東征時に出向いた日本武尊と結婚しました。日本武尊が東征からの帰国後、帯剣していた草薙剣を 宮簀媛命 に預け、伊吹山の国津神を征伐しようとして亡くなり白鳥となって飛び立ったと言われたのが、白鳥山古墳の由来だそうです。

諸説として、26代継体天皇の妃は、尾張連草香の娘の目子媛であったとし、27代安閑天皇・28代宣化天皇を産んでいることから、尾張氏の墳墓ともみられています。

 :熱田神宮公園内にある断夫山古墳は、意識しないと判別しづらいかもしれません。

野球場やテニスコート、球技場も隣接しており、公園内の森や丘と言った感じでしょうか。ただ立入禁止区域になっており、周壕のまわりをウォーキングすることで輪郭はわかります。

熱田神宮のご祭神は、草薙剣をご神体とした熱田大神であり、相殿神の五神さまに日本武尊や宮簀媛命の夫婦が祀られていますので、一緒に参拝してみてください。いつもと違う感じ方がありますよ。

【白鳥塚古墳】

  •  住所:名古屋市守山区上志段味字東谷2107番地
  •  規模:長さ115m 
  •  築造:4世紀後半
  •  史跡:1972年指定
  •  駐車場:7台あり
  •  距離間:断夫山古墳から約25Km、約50分

愛知県で3番目の規模を誇る、県内最初に築造された古墳です。

この地域は多くの古墳が築造され、100基以上存在したと言われており、現存する古墳のうち7基が国の指定を受け、志段味古墳群と名称を改めた。

東西1.7Km南北1Kmに分布する志段味古墳群の特徴として、さまざまな形状の古墳が発見されたことです。前方後円墳・帆立貝形古墳・円墳・方墳などです。

白鳥塚古墳の名前は諸説あり、石英で白く輝いていた外観が、白鳥塚の名称の由来となったと言われ、日本武尊が伊吹山の国津神征伐に行く途中、ヘビに足をかまれた。傷口がたいへん痛く、川で足を洗っていたところ、一羽の白鳥が現れた。白鳥に尾張まで連れて行ってくれと頼んだ。日本武尊をのせた白鳥は、尾張の東谷山の麓に着いたところで死んでしまった。日本武尊はその場所に白鳥を葬ったが、その墓が白鳥塚と言い伝えられている。『東春日井郡誌』より引用

印 象:今回は、古墳頂上までのぼることができ、埋葬場所も見学できる白鳥塚古墳のみ見学ています。

しかし、志段味古墳群は、名古屋市「歴史の里しだみ古墳群」として整備をすすめ、2019年には「体感!しだみ古墳群ミュージアム」をオープンし、古代ロマンを五感で体感を基本理念として力を入れている地域です。他の古墳群を見学し、東谷フルーツパークで季節のくだもの収穫を体験するツアーもありと思います。

【青塚古墳】

  •  住所:犬山市青塚22-3
  •  規模:長さ123m 高さ12m
  •  築造:4世紀中葉
  •  史跡:1983年指定
  •  被葬者:大荒田命(邇波県君祖)
  •  駐車場:15台あり
  •  距離間:白鳥塚古墳から約16Km 約30分

愛知県で2番目の規模を誇る墳墓で、大荒田命の墳墓と言われており、大縣神社の御祭神である大荒田命(おおあらたのみこと)は、尾張北部の邇波県君の祖である。と言われています。

毎年、中秋の名月に近い週末の夕刻から日没にかけて、墓前祭が執り行われているそうです。

1584年小牧長久手の戦いの際には豊臣秀吉陣営の砦として使用されたことから、青塚砦とも呼ばれていたそうです。

印 象:余分な建物もなく、全体の形もわかる前方後円墳をみることができます。 古墳にはのぼることがきませんが、周壕をウォーキングしながら見て角度を変え楽しむことが出来ますので、正直感動しました。

青塚古墳史跡公園は青々とした広場があります、お子様がいらっしゃる家族の方も安心してくつろげると思います。

【古墳の勉強】

 文化庁の「周知の埋蔵文化財包蔵地」の中に、古墳の数も発表されており、現在国内に約16万基愛知県は3,101基(古墳・横穴ふくむ)あります。

愛知県では、豊橋市・豊川市・豊田氏と三河地区で多く発見され、名古屋市は6位(岡崎市と同位)、ただ大型の古墳名古屋が一番多いそうです。

権力・身分により墳墓の大きさが変わると言われていますので、当時権力が強かった尾張氏・邇波県君の古墳が愛知三大古墳になる理由だと思います。

古墳の種類としては、前方後円墳・前方後方墳・円墳・方墳・帆立貝形古墳・双円墳・上円下方墳があります。

古墳時代は3世紀中ごろ~7世紀ごろ、646年の薄葬令から古墳文化が減少します。仏教伝来により火葬が増えたことも、減少の要因との説があるようです。

 

【最後に】

天皇や豪族などの権力者が亡くなり埋葬されたお墓が、古墳/墳墓です。

以前は、権力者の関係殉死者も埋葬されていますので、かなりの人数が埋葬されています。殉死者の変わりが埴輪の始まりと言われていますが、お墓には変わりありません。

感謝の気持ちは忘れずに、散策を楽しんでいただけたらと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました