大河ドラマ【鎌倉殿の13人】~北条家と清和源氏と桓武平氏~

歴漫

2022年【鎌倉殿の13人】鎌倉幕府の第2代執権:北条義時を描いた大河ドラマがスタート。

鎌倉幕府の権力は、初代源頼朝~3代実朝の34年間を源家、残りの期間を北条家が握っていた時代です。

実際は、2代源頼家の独裁的判断を牽制するために「13人の合議制」を始めた。
と言われるぐらいですので、北条家の実権期間はもっと長かったと思います。

源頼朝が死去してから北条家の他氏排斥政治を、どのように描写され面白く展開していくのか、待ち遠しく楽しみです。
三谷幸喜さん脚本ですから)

北条家は、清和源氏の源頼朝を支え、平氏方の平清盛をたおし、桓武平氏の流れをくんだ北条家が執権という地位を得た、とうい歴史の見方もあります。

さらに、同族争い・親子/兄弟の争いなど、武家社会の中では当たり前のように起こっており
「本家の嫡流〇〇様~!」と大気名分を言う割には、主人への裏切りもよくあった時代!

分家によって姓がかわりますので、戦いや登場人物名での親族同氏判断は難しいところですけど、清和源氏の系図を作成していますので、参考にしていただきながら視聴準備をと思います。

今回の大河ドラマ、コロナ禍を経験しているだけに、楽しみ方、感じ方がいつもと違うように感じる、と私は思っており、「今を生きるための最善とは何か?」 そんな言葉が今から頭をよぎります。

清和源氏 概略系図

清和源氏 系図

56代清和天皇の第六皇子貞純親王の子、源経基が清和源氏の祖になり、臣籍降下により賜った名前が「源」姓です。

もともと52代嵯峨天皇より臣籍降下で賜った「源」姓は21の系統があり、鎌倉幕府を開いた源頼朝や室町幕府を開いた足利尊氏が河内源氏の流れということで武家の棟梁=清和源氏と認識されるようになったようです。

江戸幕府を開いた徳川家康も河内源氏後裔(新田家)との説もあり、これは征夷大将軍に任命されやすくする為だとか。。

もしくは家康幼少期に、熱田神宮近くの加藤順盛の屋敷に幽閉されていた期間があります。
頼朝誕生の地とされる誓願寺(現在)も近辺でしたので、憧れを持っていたのでしょうか。。

現在「源」姓の方は  約4,600人

  「平」 姓 の方は  約33,500人

  「北条」 姓 の方は 約11,500人

       いらっしゃるそうです

北条義時が生きた時代

北条義時の生きた時代と関連する人物等を一覧にしました。

77代:後白河天皇

年代出来事
1155大蔵合戦 : 源義平 VS 源義
1156保元の乱 : 後白河天皇(源義朝 平清盛) VS 崇徳上皇                
1157北条政子誕生

78代:二条天皇

年代出来事
1158二条天皇即位                                      
1159源義経 誕生
平治の乱 : 源義朝 VS 平清盛
1160源義朝 謀殺(尾張国)
源頼朝 14歳 伊豆に流される
1161
1162
1163北条義時 誕生
1164

79代:六条天皇

年代出来事
1165六条天皇 即位                                     
1166
1167平清盛 太政大臣になる

80代:高倉天皇

年代出来事
1168高倉天皇 即位
1169
1170藤原秀衡 鎮守府将軍に叙任
1171
1172徳子(平清盛の娘) 高倉天皇の皇后に
1173
1174源義経 元服
1175法然 浄土宗開く
1176
1177安元の大火
1178大姫(源頼朝 長女) 誕生
1179治承3年の政変 : 後白河法皇 VS 平清盛                       
1180

81代:安徳天皇

年代出来事
1180安徳天皇 即位                                     
以仁王の乱
治承・寿永の乱(源平合戦はじまる)
石橋山の戦い : 源頼朝・北条時政 義時 VS 大庭景親
鉢田の戦い  : 武田信義・北条時政 義時 VS 駿河国
富士川の戦い : 源頼朝・武田信義 VS 平維盛
1181平清盛 病死
1182亀の前事件 : 北条時政伊豆に戻るが、義時は残る
源頼家 誕生
1183般若野の戦い : 今井兼平(木曽義仲) VS 平盛俊
倶利伽羅峠の戦い : 木曽義仲 VS 平維盛 通盛
木曽義仲 上洛
北条泰時 誕生
1184宇治川の戦い : 源範頼 義経 VS 木曽義仲
一之谷の戦い : 源範頼 義経 VS 平知盛 忠度
後鳥羽天皇 即位

82代:後鳥羽天皇

年代出来事
1184後鳥羽天皇 即位                                    
1185葦屋浦の戦い : 源範頼・北条義時 VS 原田種直(平氏方)
屋島の戦い
壇ノ浦の戦い : 平氏滅亡
守護・地頭の設置
1186源行家・有綱 討死
1187源義経 藤原秀衡の庇護下に
1188
1189奥州合戦 源氏方(北条義時) VS 奥州藤原氏
1190
1191
1192源頼朝 征夷大将軍になる
北条義時 比企朝宗の娘 姫の前を正室にむかえる
1193曽我兄弟の仇討ち 日本三大仇討ちの1つ
1194
1195
1196
1197大姫 死去

83代:土御門天皇

年代出来事
1198土御門天皇 即位                                    
1199源頼朝 死去
十三人の合議制はじまる
梶原景時の変
1200北条時政 御家人で初めて国司となる
三浦義澄 病死
安達盛長 死去
1201 
1202健二寺 建立:源頼家 開基
1203比企能員の変
源頼家 修善寺に追放
源実朝 3代将軍になる
1204源頼家 暗殺
1205牧氏の変
畠山重忠の乱
北条時政追放 北条義時が執権になる
1206
1207
1208
1209中原親能 卒去

84代:順徳天皇

年代出来事
1210順徳天皇 即位
1211 
1212随筆方丈記完成:鴨長明
1213和田合戦 : 北条義時 VS 和田義盛
1214
1215北条時政 病死
1216
1217
1218八田知家 死去
1219源実朝 暗殺                                      

85代:仲恭天皇

年代出来事
1221仲恭天皇 即位                                     
承久の乱 北条義時 VS 後白河上皇

86代:後堀川天皇

年代出来事
1221後堀川天皇 即位
三善康信 死去
1222
1223北条義時 死去                                     

最後に

歴史の転換期には、多くの人命が失われるのは常です。

時には同族争い、時には敵味方に分かれて戦います。

今回の「鎌倉殿の13人」でも、志同じく生きた味方は一瞬で敵に回る場面は多いと思われ、私利私欲のためなのか? 一族子孫のためなのか? 主君のためなのか?

私が歴史好きなのは、登場人物になりきり自分ならどうするだろうか?
と想像ふくらませ、諸説によって視点が違うことで真実とは何か?
と自分なりの解釈をしてることです。

武士や侍を美化する反面、現代日本では考えにくい場面も多いことを理解し、自分の考えを持たなければと思います。

二階堂行政、足立遠元の両氏は、十三人の合議制以降残った史料は少なく、足取りは不明ですので、今回の記事には載せておりません。

最後までありがとうございます。

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