【復元した本丸御殿と復元する天守閣】:特別史跡名古屋城

お城

名古屋市の観光スポットで常に上位ランクインする名古屋城、歴史的価値が高い理由はどうしてでしょう?
今回はその名古屋城を楽しんでいただきたいと思います。

数々の残された文化財、障壁画やふすま・日本庭園から樹木や巨石、国宝第一号であり三名城と、ご紹介する分野が
多いですが、その中から感動したところをピックアップします。
 

【築城当時の歴史を見ながら】

名古屋城
  • 1600年「関ヶ原の戦い」により、西軍:石田三成(豊臣方)が敗れ、東軍:徳川家康が勝利
  • 1607年徳川義直:清洲城城主になる」のちの初代名古屋城城主
  • 1610年 日本三名城に選ばれる特別史跡の名古屋城は、徳川家康の命により築城を開始

この時の天下普請に、加藤清正や福島正則など多くの大名が参加しています。

天下普請(または公儀普請)とは、建築や土木など公共工事の事です。特に豊臣方の西国諸大名に経済的資金を使わせて勢力を弱める事徳川方防衛拠点の強化が主な目的でした。

名古屋城以外で、この時期に天下普請が行われた城は、二条城・江戸城・駿府城・彦根城・丹波亀山城など10数城あると言われており、地域で見ると東京や新潟、愛知や兵庫など徳川方に有利なお城を豊臣方諸大名の資金を使って行われていたことになります。

  • 1610年「清須越し」清洲城から名古屋城への移住開始
  • 1612年「名古屋城天守閣竣工」
  • 1614年「大坂冬の陣」
  • 1615年「大坂夏の陣」徳川家と豊臣家による最後の戦い
  • 1615年「名古屋城本丸御殿完成」
  • 1615年「一国一城令」により、多数の城を持てなくなる
  • 1615年「武家諸法度」により、お城の改修・補修も許可制になる

この武家諸法度で、名古屋城の築城にかかわった福島正則(当時49万8000石の広島藩主)は、台風の影響で水害被害にあい、無許可でお城を修繕し、改易させられます。

このように、豊臣方と徳川方との戦いがあり、多くの豊臣方による名古屋城築城が行われたことを知ってから見学すると、違った見え方ができます。

実際に名古屋城の石垣で最大の巨石「清正石」を見ることはでき、加藤清正が運んだとの伝承が残っています。

お城の築城でよく出てくる言葉に「縄張」があり、これはお城の設計を意味します。築城の名手・縄張の名手として有名な人が藤堂高虎です。

【名古屋城の見どころ】

提供元、建物名「名古屋城本丸御殿」

1:本丸御殿

江戸時代の図面や記録、昭和戦前期に作成された309枚の実測図戦前に撮影された約700枚の写真が残っていたからこそ、忠実に復元することができた本丸御殿

歴史的文化遺産の史料がこれほど多く残されている例は少なく、襖絵・天井板絵など1049面もの障壁画は戦時中に外され大切に保管、1047面が重要文化財に指定されています

また、昭和の実測図はオープンデータになっており名古屋城ホームページから閲覧することが可能です。平面図や立面図・断面図などすごく綺麗で丁寧な図面でした。

昭和の実測図 閲覧サービスは こちら

現代の名工たちによる巧の技

天井や欄間、金具も是非ご覧ください。豪華絢爛な上洛殿・表書院など、受け継がれた伝統技術や細かな装飾にいたるまで、贅を尽くした造りになっています。

日本画史上最大の画派「狩野派」の狩野貞信や狩野探幽などが描いた床の間絵や襖絵などは、歴史を感じながら1時間は見ていられます。

2:名勝認定された二之丸庭園

二の丸庭園

面積は約3万㎡に及び、藩主が居住した御殿の庭園としては日本一の規模を誇ります。

江戸時代は日本庭園の文化でした。戦国時代や江戸時代の諸大名は、権力誇示と言えばお城です。そのお城が武家諸法度により築城・修繕・補修の許可制にかわり、誇示する場面がなくなってしまいます。戦いも終わり平和の世に移り、時間を持て余し、無駄に広い敷地、庭園に力を注ぎそうなシチュエーションになったかもしれません。実際、諸大名以外にも日本庭園で有名な商人が現れています。

日本三名園として有名な、金沢の兼六園・岡山の後楽園・水戸の偕楽園は、すべて江戸時代に造られています。

名古屋城の二之丸庭園は、そんな江戸時代の大規模な大名庭園として価値があり、2018年に庭園のほぼ全域が名勝として追加指定されました

*名古屋市には、東区にある「徳川園」でも日本庭園がお楽しみいただけます。

3:現存する文化財の隅櫓と二之丸門

1945年の名古屋空襲によりほとんどが焼失してしまいましたが、現存している隅櫓3塔と門3塔は見ることができます。櫓の機能としては、天守とさほど変わりないため、天守代用にもなることがきる。代表的な熊本城の宇土櫓は3重5階地下1階で、小さなお城なら天守閣といっても良いくらいです。

名古屋城の隅櫓も似た規模の大きさのため、見る価値はあります。特に東南隅櫓と西南隅櫓はいずれも二重櫓ではあるが実質は三重櫓であり、現存する櫓になります。

【復元する天守閣】

空襲により焼失する前の1930年、城郭として国宝第一号に指定された名古屋城は、空襲での焼失後、地元の商店街や全国からの寄付を受け、14年後の1959年鉄筋コンクリートで再建されます、城跡は名城公園として利用されています。

貴重な史料の多くが残るため、復元可能との判断から、日本最大を誇った天守の復元が決定。当初2022年12月完成予定でしたが、保全計画や文化庁の審議をふまえると、2028年10月完成という案が有力になっています。

本丸御殿をご覧いただけると見事に木造復元され、当時の建築技術や現代の引き継がれた技術に驚かれると思います。天守も同様に、木造復元可能な史料を活用して、早く完成してほしいと思います。

そうなると鉄筋コンクリートの名古屋城は、今しか見ることができない。これはこれで貴重な体験ができます。

昭和の実測図 閲覧サービスはこちら

【最後に】

歴史建造物は、時代背景や状況と一緒に勉強した方が、断然流れがわかります。

そして必ずキーパーソンがいらっしゃいますので、登場人物の心情になり楽しんで見ると、おもしろいと思います。

最後までありがとうございました。

■名古屋城の基本情報■
住所:愛知県名古屋市中区本丸1番1号
電話番号:052-231-1700
公式サイト:https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/
営業時間:午前9時~午後4時30分まで
休館日:12月29日~31日、1月1日

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